食糧不足 – 危機 コモディティの今後
ポイント
- 食料価格はピークアウトか
- エネルギー価格は高止まりか
- 地政学リスクの副作用は継続か
■食料インフレの現状
現在、世界中でインフレが話題となっています。インフレとは、物の値段が相対的に上昇することですが、その品目は多岐に渡ります。しかし、その中でも我々の生活に最も深く結びついている品目が食糧だと言えるでしょう。実は、今年の年初から夏ごろにかけて小麦、トウモロコシ、大豆などの食物価格が高騰しました。更に、ウクライナ戦争の勃発により食糧価格の高騰に追い討ちがかかり、世界中の要人発言に食糧危機といったワードが聞かれるようになり危機感が高まっています。
以下の黒背景のグラフは国連食料農業機関(FAO)が作成している食料価格指数で、1990年以降から今年の8月までの推移を表しています。2014〜16年の平均値を100とし、穀物、油脂、牛乳・乳製品、砂糖、食肉などの国際価格の平均を指数化したものです。また、下の縦並びの左グラフは同様の指数をインフレ調整をして1965年〜と更に長いスパンで表したものとなります。
(出典) Bloomberg
これらのグラフから、基本的に食糧価格が世界中で高騰していることがわかるのではないでしょうか。直近で見れば、リーマンショックより値上がっていますし、その変動もより激しいものとなっています。より長いスパンで見れば、日本で食物の買い占めが起こったとされるオイルショックのレベルを一時超えていました。したがって一連の価格上昇は歴史的だと言えます。しかし、直近で限って言えば、価格はピークアウトして下落に向かっているようにも見えます。
下記のグラフも品目別で食料品価格の値段を表しています。コロナ禍以降、食料品価格は右肩上がりでありますが、特に穀物植物油の値上がりが激しくなっています。ウクライナ戦争により食料品は一時期的に価格が上昇しているが全体的に価格がかなり戻っていることもわかります。この傾向が今後も続くのか、地政学リスクにも注目が集まります。
エネルギーの下落原因
下落の主な要因は、インフレを抑制すべく、複数の中央銀行が大幅な利上げを決定したことを受け、経済が悪化するとの予測がなされ、それに伴い、原油需要が減少する観測が浮上したことです。
しかし、足元でウクライナ情勢が不安定な状態であり、まだまだ油断できない状態です。
■食料インフレの原因
歴史的な水準まで上昇している食糧価格ですが、その短期的な原因は一体何なのでしょうか。一連の値上がりは、短期的には以下3つの供給側の問題だと考えられます。
①肥料価格の高騰
まず一つ目に農作物を作る農家のコストが上昇した点にあります。農家や食物を作る側のコストは多数ありますが、肥料価格は特に重要なものです。
肥料は、サプライチェーンの問題が大きく関係しています。具体的には、コロナ後の経済再開に伴ったサプライチェーンの混乱により主要な肥料生産国である中国からの供給量が減ったことです。更に、ロシアとウクライナの戦争によって、肥料の輸出シェア1位であるロシアからの供給が滞り更に拍車を掛けることになりました。ゆえに、農産物の生産能力は落ち供給が減りました。
その結果、化学肥料の輸入品価格は2020年を100として前年同月比176.2ポイント上昇し311.4に急騰しています。
②ロシアのウクライナ侵攻
ロシアが2022年2月24日にウクライナに侵攻したことで戦争が勃発しました。それにより、ウクライナなどの積出港は封鎖され輸出することができなくなりました。ロシアとウクライナは世界的な穀物生産国です。実際、両国合わせた小麦の生産量は、世界の生産の3割程を占め、トウモロコシは2割ほど、ヒマワリ油は8割ほどを占めます。戦争とその制裁により、これらの食糧は輸出されなくなってしまい食糧価格、特に穀物価格の上昇に拍車を掛けることになりました。また、世界的な石油・天然ガス生産輸出国であるロシアからのエネルギー供給が制裁によって絶たれ結果として、エネルギー価格を高騰させてしまったのです。
③干ばつなどの気象問題
干ばつなどの異常気象によって、農業生産が落ち込んでしまうということが近年頻発しています。2021年からアメリカやカナダなどの小麦の主要産地で熱波や干ばつにより穀物生産量が落ち込み、輸出に回せる量が少なくなり、価格上昇が起こりました。これはインドやオーストラリアでも起きており、大豆やトウモロコシの生産に影響を与えています。
それに拍車をかけたのが2022年の干ばつ・熱波です。その範囲は広がり、欧州や中国も飲み込みました。欧州では約半分の地域が干ばつに見舞われ、ここ500年で最悪とすら言われています。欧州の47%の土地で水分が不足し、17%の土地で農作物に悪影響が出ています。今年のトウモロコシの収穫量が過去5年平均と比べ16%、大豆は15%それぞれ減少すると見込まれていて更に拍車がかかると予想されています。
中国では干ばつによって、川などが干上がり深刻な水危機に陥っています。すでにピーナッツなどの農作物には影響が出ています。今年のピーナッツ生産量は3割減となり、他の穀物、特に小麦への影響も懸念されています。
これら3つの原因はそれぞれ分かれたものではなく、実際かなり互いに密接にリンクしています。戦争と制裁によって原油が上がり、生産者が苦しむと供給が減り価格が上がりますが、同時に原油の代替物であるエタノールの需要も高まります。エタノールの原料はトウモロコシであることが多いため、トウモロコシの値段も上がります。また干ばつなどの気象問題によって川の流量が減れば、農産物だけでなく、水力発電量も減ります。また水温上昇に伴い、原始発電所の冷却機能がうまく機能せず出力が下がるといったことも起きています。
これによってエネルギー・電力価格が上がり生産者を苦しめるといった負の連鎖を生み出していて一筋縄では解決できないというのが現状です。
■食料インフレが与える影響
食糧不足の危機によってどんな影響が出ているのでしょうか。ここでは主に以下の2つについて見ていきます。
①飢餓
食糧危機によって飢餓に陥る人が増えています。国連によれば、毎晩8億2800万人の人びとが空腹のまま眠りにつくなか、深刻な飢餓に苦しむ人々の数は2019年以降、1億3500万人からコロナ後の現在3億4500万人へ、2億人も増加したそうです。先進国などでは、食糧が収入に占める割合がそこまで高くないので、たとえ食糧価格が今のように上がったとしても飢餓に苦しむリスクはそこまで高くありませんが、後進国では生活が維持できなくなり、死活問題だと言えます。
また、後進国のなかでも、食物自給率が低くかつ小麦などの主食をロシアやウクライナに依存していた国々は悲惨な状況に陥っています。国連は、ソマリア、エジプト、ケニアなどの依存国で今後栄養不足に陥る人々が急増するのではないかと警告しています。
②経済
食糧価格の高騰は我々の経済にすでにCPI(消費者物価指数)という形で爪痕を残しています。消費者物価指数とは、消費者が主に買うモノの価格推移を表したもので、物価の上下が判断できます。CPIの計算に食物はそれほどウェイトを占めないため軽視されがちですが、農業関連株や肥料関連株が上昇するなど金融市場でも影響が出ています。具体的には、食糧危機に対する懸念が強まったことで他の国や地域で農地の拡大や設備投資の需要が高まると見られているからです。農業関連株のファンドを運用するあるアナリストによれば、今年に入って農業株はロシアのウクライナ侵攻後に食糧不足懸念から急騰し、その後一巡したものの、夏に世界各地で干ばつが発生し、足元では再び上昇しています。
ウクライナ侵攻の長期化により、エネルギーだけではなく各国で自国の食料を確保する動きが出ているだけに、日本も軽視はできないでしょう。
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※Bloomberg、JETRO、各種報道を基に筆者作成
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